はじめに:「賃上げはしたいが、利益が持たない」という悩み
2026年度は63.5%の企業が賃上げを見込むという調査結果があり、賃上げは過去最高水準の広がりを見せています。
しかし、賃上げの理由は前向きな成長投資だけではありません。
人材の定着・確保のほか、物価高への対応、そして最低賃金の引き上げへの対応が背景にあると言われています。
2026年度の最低賃金は全国加重平均で1,176円程度となる見込みで、前年度からの上げ幅は55円(4.9%)と、前年(66円・6.3%)よりは緩やかになったものの、依然として高い水準の引き上げが続いています。
実際、最低賃金の引き上げを受けて、約45.1%の中小企業が最低賃金を下回る従業員の賃金を引き上げたという調査結果もあります。
問題は、この賃上げの「原資」をどこから確保するかです。
売上が伸びないまま人件費だけが増えれば、当然利益は圧迫されます。
帝国データバンクの調査では、賃上げ負担に耐えられない「人件費高騰型」の人手不足倒産が2025年に152件発生し、前年比43.3%増と過去最多を記録したとされています。
本記事では、賃上げを「守り」ではなく「攻め」の経営改善につなげるために、①価格転嫁、②原価管理、③業務効率化(省力化投資)という3つの柱から、賃上げ原資の作り方と利益改善の具体策を解説します。
なぜ「賃上げ=利益減少」になりやすいのか
中小企業が賃上げによって利益を圧迫されやすい構造には、主に次のような要因が重なっています。
- 人件費の増加が固定費として積み上がる:
最低賃金の引き上げは一時的な支出ではなく、恒常的な固定費の増加です。
社会保険料率も標準報酬月額の上昇を通じて連動して増加するため、見た目以上に負担が膨らみます。 - 賃金カーブの圧縮回避(波及対応):
最低賃金を下回る層だけでなく、その少し上の層の賃金も見直さないと、経験年数による処遇差が失われ、離職リスクが高まります。
これは最低賃金引き上げへの直接対応とは別に必要な原資です。 - コスト上昇分を価格に転嫁できていない:
原材料費・エネルギー費・労務費が上昇する一方で、これを販売価格に反映できなければ、コスト増を自社の利益で吸収せざるを得なくなります。
つまり、賃上げそのものが問題なのではなく、「賃上げ分のコスト増を、売上(価格)・原価・生産性のどこで吸収するのか」という設計が欠けていることが、利益減少の根本原因です。
賃上げ原資を作る第一の柱:価格転嫁
価格転嫁の現状はどうなっているか
中小企業庁が実施した2026年3月の価格交渉促進月間フォローアップ調査(回答企業数約7万社)によれば、価格転嫁率は前回調査から約1ポイント増の54.2%となりました。
コスト要素別では、原材料費55.7%、労務費50.0%、エネルギーコスト48.9%と、労務費とエネルギーコストの転嫁が相対的に遅れている状況です。
別の調査データでも、2025年9月時点でコスト全般の転嫁率が53.5%まで上昇しており、価格交渉促進月間の取り組みやパートナーシップ構築宣言の普及が改善要因として指摘されています。
転嫁率は全体として改善傾向にある一方、転嫁できている企業とできていない企業の格差(二極化)が続いているとの指摘もあり、「取引先まかせ」の姿勢では改善が進みにくいのが実情です。
価格転嫁を進めるための実務ポイント
- 労務費の根拠を数値で示す:
「人件費が上がったので値上げしたい」という感覚的な訴えではなく、最低賃金の改定額、社会保険料の増加分、時間当たりコストの変化を具体的な数字で示すことが交渉力を高めます。
政府指針でも、発注者・受注者双方が取るべき行動が12項目にまとめられています。 - 「価格交渉促進月間」を活用する:
中小企業庁は毎年9月と3月を価格交渉促進月間と定め、価格転嫁の状況が芳しくない発注者に対しては指導・助言も行っています。
この時期に合わせて交渉のタイミングを設計するのも一つの方法です。 - 建設業・製造業では取適法(改正下請法)の枠組みを理解する:
2026年1月に施行された取適法(下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の改正)は、サプライチェーン全体での構造的な価格転嫁を目的としています。
取引先が製造委託等を行う中堅・大企業である場合、この法制度を根拠に価格協議を申し入れることが可能になっています。
(取適法の詳細は別記事「【2026年1月施行】中小企業も要注意!取適法(中小受託取引適正化法)完全ガイド」を参照してください)
賃上げ原資を作る第二の柱:原価管理
価格転嫁が「外」への働きかけだとすれば、原価管理は「内」の見直しです。
特に建設業やサービス業では、原価の内訳(材料費・労務費・外注費・経費)が曖昧なまま「どんぶり勘定」で価格を決めているケースが少なくないと指摘されています。
原価管理を見直す際のポイントは以下のとおりです。
- 工程・案件別の実際原価を把握する:
見積り時の想定原価と、実際にかかった原価(特に労務費)の差異を定期的に検証する仕組みを作る。 - 賃上げに伴う原価上昇を見積りに反映する仕組みを持つ:
最低賃金や社会保険料の改定があった際に、既存の見積りテンプレートや標準単価を自動的に見直すルールを設けておく。 - 賞与配分や非課税の福利厚生の活用も選択肢に入れる:
基本給の一律引き上げだけが賃上げ原資対応の手段ではなく、賞与への配分見直しや食事補助など非課税枠を活用した福利厚生の拡充、残業削減を通じた人件費の効率化も併せて検討する余地があります。
複数都道府県に事業所がある企業は、最低賃金が都道府県ごとに異なり発効日もばらつくため、給与計算システム側でのチェック体制整備が推奨されています。
原価管理と労務管理は切り離せない関係にあるため、両方を一体で見直すことが重要です。
賃上げ原資を作る第三の柱:業務効率化・省力化投資
価格転嫁と原価管理だけでは限界がある場合、生産性そのものを引き上げる省力化投資が有効な選択肢になります。
中小企業省力化投資補助金の活用
中小企業省力化投資補助金は、人手不足に悩む中小企業がIoT・ロボット・AIなどを活用した省力化設備を導入する際に活用できる制度で、一般型では最大1億円・補助率最大3分の2(原則2分の1)の支援を受けられます。
あらかじめ登録された製品を選ぶ「カタログ注文型」と、自社の課題に応じて設備・システムを個別に組み合わせる「一般型」の2類型があり、いずれも最終的には賃上げにつなげることを目的としています。
最近は、補助事業完了を待たずに行う「足下の賃上げ」が新たに審査項目として明記されるなど、賃上げとの関連性がより重視される制度設計になっています。
一般型では、最低賃金の引き上げに対応する特例も設けられており、一定の要件を満たす事業場では補助率が引き上げられます。
ただし、公募回ごとに要件・スケジュールが変更されることが多いため、申請を検討する際は必ず最新の公募要領を確認する必要があります。
業務改善助成金との関係(社労士業務との連携)
なお、事業場内最低賃金を一定額以上引き上げて設備投資等を行う中小企業向けには、業務改善助成金という制度もあります。
令和8年度の申請受付は2026年9月1日に開始され、締切は地域別最低賃金の発効日前日または11月30日のいずれか早い日とされています。
業務改善助成金の申請代行は社会保険労務士の業務範囲となるため、当事務所では提携先の社会保険労務士と連携しながら、補助金(省力化投資補助金等)と助成金(業務改善助成金等)を一体で設計するご相談に対応しています。
賃上げを「入口」にした経営改善の一体設計
ここまで見てきたように、賃上げ負担への対応は単発の施策では完結しません。
- 価格転嫁で「外から」原資を作る
- 原価管理で「内の無駄」を減らす
- 省力化投資で「生産性そのもの」を引き上げる
この3つを個別に検討するのではなく、一体の経営改善計画として設計することで、単なる「賃上げ対応」から「持続的に利益を残せる経営体質への転換」につなげることができます。
特に、省力化投資補助金の申請には事業計画書での定量的な生産性向上計画が求められるため、原価管理のデータが整っていることが採択可能性にも直結します。
つまり、原価管理の精緻化は補助金申請の土台作りでもあるのです。
おわりに:まずは現状把握から
賃上げは避けられない経営環境の変化ですが、価格転嫁・原価管理・省力化投資を組み合わせることで、利益を残しながら賃上げに対応する道筋は十分に描けます。
補助金制度は公募回ごと・年度ごとに要件が変わるため、実際の申請前には必ず最新の公募要領・行政発表をご確認ください。
当事務所では、経営改善計画の策定支援、省力化投資補助金をはじめとする補助金申請支援、AI・DX導入コンサルティングを一体でご提供しています。
「賃上げの負担をどう乗り切ればよいか分からない」という段階からでも、現状のコスト構造の整理からご相談いただけます。まずは無料相談にて、貴社の状況をお聞かせください。
